| 名称 | ランク | 難度 | カード | 説明 | 経験 | 発見方法 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| テノチティトラン | 5 | 10 | 10 | アステカ帝国の首都。テスココ湖の中心にある島に作られた都で、岸に向けて3本の橋が架かるさまは壮麗。コルテスも「あまりに広く美しいので半分しか報告しません」と報告書に記している。 | 1274 | 別世界 |
| マチュピチュ | 5 | 12 | 10 | 高い峰々に囲まれたインカ帝国の都市。ケチュア語で「老いた峰」を意味する。段々畑や居住区、神殿などが計画的に配置され、インカの高度な建築技術がうかがえる。 | 1200 | 儀式の場所 |
| パレンケ | 5 | 12 | 9 | 深い森の中にたたずむマヤの古い遺跡。中心部にある宮殿のような建物の向かいには、なにやら壁にびっしりと刻まれた神殿がある。これを解読できれば、マヤについて深く知ることができるかもしれない。 | 1183 | 星の戦争 |
| 安土城 | 5 | 12 | 10 | 五層七階の天守を備えた日本の城郭。その壮麗な姿は、築城主の勢威を物語る。 火災が起こって以来、天守は使用されていない。 |
1120 | 覇業の残光 |
| 紅毛城 | 5 | 12 | 10 | イスパニア人が築城した赤い城。鄭成功が台湾島を平定してからは廃屋となっている。 華やかな外観だが、地下からは異様な雰囲気が漂ってくる…。 |
1120 | 中断された依頼 |
| クスコ | 5 | 11 | 10 | インカ帝国中心都市。クスコとは現地の言葉で「へそ」という意味だという。滑らかで美しい巨石を幾重にも組んで作られ、その間には爪の先も入らないほどだ。この技術には目を見張るものがある。 | 1040 | アンデスにそびえる都 |
| コパン遺跡 | 5 | 11 | 9 | 大雨による川の氾濫で発見された、マヤの大都市遺跡。他のマヤ遺跡には見られない独特の石像彫刻や壁画が見られ、彫刻技術の高さを感じさせる。 | 1040 | 街の奥にあったもの |
| フマナ平原 | 5 | 11 | 9 | 南米大陸の中腹、アンデス山脈の西側の裾野にある高原。砂漠が広がっており、ところどころにくぼみがある。なにやらただのくぼみではなさそうだが…。 | 1030 | 未開の土地の妙なもの |
| トロイ考古学地区 | 5 | 10 | 6 | ホメロス作の叙事詩「イリアス」で語られるトロイの遺跡。別名はイリオス。トロイの木馬でギリシャ軍に城内に進入され、滅んだと伝えられる。 | 1027 | トロイ |
| ウルル | 5 | 10 | 8 | オーストラリアの先住民アボリジニにウルルと呼ばれている、一枚岩でできた巨大な岩。アボリジニにとっては聖地である。ウルルには精霊が宿っていると考えられ、儀式の際は多くのアボリジニたちが集まる。 | 1027 | 砂漠の向こうの聖地 |
| 古代の闘技場 | 4 | 9 | 8 | 古代の球技「トラチトリ」が行われていたと思われる球場。 他のマヤ文明の遺跡でも球場は見られるが、コパンのものは最大級であることから、当時の勢力の大きさが窺える。 |
720 | 広場にある斜面 |
| 熱蘭遮城 | 4 | 9 | 9 | 読みは「ゼーランディアじょう」。ネーデルランド人が台湾島に築城した城砦。 石材で築かれた堅固な城で、大量の船が停泊できる大きな港を擁していた。 |
720 | 王城の過去 |
| クノッソス宮殿 | 4 | 8 | 5 | 古代クレタ文明の遺跡である。ギリシャ神話に登場する、ミノス王の居城跡。この宮殿の奥には、ミノタウロスがいたという迷宮「ラビュリントス」があったと伝えられる。 | 708 | ラビュリントスの伝説 |
| 武寧王陵 | 4 | 10 | 8 | 百済25代王、武寧王の陵墓。 武寧王は百済の国力を回復するため、中国や日本と密接な関係を築き上げたという。 |
700 | 百済の都の名残 |
| チチェンイッツァ | 4 | 7 | 7 | ユカタン半島に花開いたマヤの遺跡。「チチェンイッツァ」とは、「泉のほとり」という意味らしい。非常に広大な土地に展開し、ピラミッド型神殿を中心に、聖なる泉、戦士の神殿、天文台などがある。 | 624 | 水のない文明 |
| 景福宮 | 4 | 7 | 5 | 朝鮮王朝の王宮として建築された、豪華な宮殿。 宮の名前は、王とその子孫、国民みんなが太平盛大の福を享受するように、祈りを込めて付けられたという。 |
620 | 漢陽の宮殿 |
| ヴェルギナ遺跡 | 4 | 7 | 4 | 古代マケドニアの都・アイガイがあったとされる遺跡。マケドニア王のものと考えられる古墳がある。 | 612 | 見果てぬ夢 |
| 金庚信の墓 | 3 | 7 | 8 | 新羅の将軍・金庚信の墓。 金庚信は花郎の出身で武烈王から厚い信頼を得た。新羅の三国統一に多大な功績を残したものの、統一目前で没し、ここに葬られた。 |
540 | 花郎の将軍 |
| 手形で描かれた壁画 | 3 | 7 | 6 | 先住民によって作られた洞窟壁画。「多くの手の洞窟」という意味を持つ。赤い顔料によって残された手形の他に、この近辺で見られる野生動物を模した絵も一緒に描かれている。 | 500 | 洞窟で見た恐怖 |
| ヤシ油製造場跡 | 3 | 7 | 7 | 儀式に使用されていたヤシ油を製造するための場所。石の台の上で作られたヤシ油は、使用しないときもこの場所に保管される。 | 490 | 誘いの甘い香り |
| モヘンジョ・ダロ | 3 | 6 | 5 | インダス文明の大都市遺跡。非常によく整備された街並みを持ち、下水道すら完備されている。「死の丘」などと呼ばれるのは、全体に人骨が散在するためである。 | 473 | 古代文明の大都市 |
| カッパドキア | 2 | 5 | 3 | 長い間、風雨にさらされた奇岩がそびえたつ地域。かつて迫害を避けた人々が岩をくりぬいて作った街が残っている。 | 350 | 奇岩の宗教都市 |
| ウル | 2 | 5 | 3 | 古代メソポタミアで、政治と経済の中心地だったと言われるシュメール人の都市。ウル・ナンム王が建造したという、ジッグラトと呼ばれる建造物が大きな特徴。 | 330 | 古代メソポタミアの都市 |
| 昌徳宮 | 2 | 5 | 6 | 景福宮の離宮。 他の宮は、威厳を示すため、人為的に地形を作って建てられることが多いが、この離宮は自然の地形に合わせて建てられている。 |
300 | もうひとつの宮殿 |
| ジンバブエ遺跡 | 2 | 4 | 3 | アフリカ南方にある、石造の建造物群。ショナ語で「石の家」という意味で、モノモタパ王国の都であった。アフリカで石造建築物を持つ文化は珍しい。 | 260 | 大いなる石の家 |
| ボイン渓谷遺跡群 | 2 | 4 | 3 | アイルランドにある、先史時代の遺跡群。緻密な石組みの墳墓が並ぶ。奥の墓室には冬至の前後数日のみ、朝日が差し込む。 | 250 | アイルランドの遺跡 |
| アッピア街道 | 2 | 4 | 2 | 共和制ローマ時代に造られた、ローマからイタリア半島南東岸に延びる街道。ローマ街道の中でもっとも歴史が古く、もっとも美しいといわれている。 | 230 | すべての道はローマに通ず |
| ペルセポリス遺跡 | 2 | 3 | 2 | アケメネス朝ペルシャのダレイオス1世が着工した、ペルシャの大宮殿跡。広大な敷地に多数の石柱や独特の石像、すばらしいレリーフが残る。 | 220 | 古代ペルシャの大宮殿 |
| パフォス | 1 | 2 | 2 | キプロスの丘の上にある、古代ローマの遺跡である。建物跡やモザイクの壁画などが数多く残る。キプロスは、多くの文明が交錯した土地である。 | 135 | 美の女神に捧げられた街 |
| ビブロス | 1 | 2 | 2 | 古代の砦や街の遺跡。幾度も支配勢力が交替したため、複数の文明の遺構が複雑に重なり合っている。 | 135 | 宝物の要塞 |
| カルタゴ遺跡 | 1 | 1 | 2 | 古代フェニキア人が造った都市国家の跡。第三次ポエニ戦争でローマに滅ぼされたといわれる。カエサルによって再建されたが、7世紀末に廃墟となった。 | 110 | ポエニ戦争の爪跡 |
| レプティス・マグナの遺跡 | 1 | 1 | 2 | ローマのセプティミウス・セウェルス帝が建造した大都市の遺構。大理石をふんだんに使った施設跡が並び、当時の興隆が見えるようだ。 | 105 | 古代ローマの都市跡 |
| オリンピア遺跡 | 1 | 1 | 2 | 多数の神殿や競技場がある古代ギリシャの遺跡。オリンピック競技が行われていたため、各種競技に関連する建造物が多い。 | 100 | ゼウスに捧げる祭典 |
| ポンペイ遺跡 | 1 | 1 | 2 | ヴェスヴィオ火山の大噴火によって一瞬で滅びた、古代ローマの都市。火山灰に埋もれていたため当時の生活の様子が生々しく残る。 | 100 | 埋もれたローマ遺跡 |
| カルナック巨石群 | 1 | 1 | 3 | 先史時代の巨石群。4000を超える巨石が立ち並ぶが、なんのために並べたのか、まったく謎である。付近には巨石遺構が多く、墓のようなものもある。 | 95 | 列をなす巨石 |